断薬体験談 » コウさんの断薬体験談

コウ
服用薬 ソラナックス リボトリール ワイパックス

服用開始 2019年04月

減薬開始 2019年10月

服用開始のきっかけと症状

日本留学失敗による不安障害

減薬・断薬中の離脱症状

不眠、抑うつ、強迫性障害、脱力感、希死念慮、PTSD様症状、多動、過思考、侵入的思考、耳鳴り、時々軽い幻聴、光過敏、神経亢進、混乱

現在の状態・コメント

 はじめまして。ずっと前からこのサイドに投稿しようと思っていたが、ついに今日、わたし、ここに自分の減薬体験を書き込むと決意しました。
 わたしは日本人じゃなく、4年前日本に来て留学していた外国人です。最初は期待の気持ちを抱いて日本に来たが、いろいろ意外的なこともあり、日本での生活もうまく適応できていなかったため、学校を中退して帰国しました。しかし、どうしても思いつかないのは、その帰国という決断は、わたしの悪夢を招くきっかけとなったのです。
 もともと、自分の国に帰ったら日本での辛い思いによる疲弊感を解消できると思ったが、自国に帰ったわたしを待つのは、家族からの理解ではなく、不満の声ばかりでした。そのせいで、日本にいたときの疲弊感は消えるどころか、ますます強くなっていました。不安や不眠の症状が悪化した一途をたどったと気づいたわたしは、ついに精神科の先生に助けをもらうことを決めました。
 もらった薬はロラゼパム(日本ではそれを普通ワイパックスと呼びますね)1mg。毎晩寝る前に服用。飲んだ最初の夜は眠れました。国に帰ってから溜まった1年間の鬱憤は、この薬のおかげで一瞬消えたと心の中でこっそり薬に感謝の気持ちを禁じられませんでした。しかし、今から振り返れば、それはわたしにとって、人生最悪の失敗と後悔してしかたありませんでした。
 2019年4月から2ヶ月に渡ってロラゼパムを服薬していました。ロラゼパムを服薬していた期間に、どんどん不安が悪化したため、再び医者のもとに訪れました。病気が悪化したため、より高力価のアルプラゾラム(ソラナックス)を処方されました。しかし、この時点でベンゾは長期服薬してはいけないことを全く知らなかったわたしはそのまま医者の言うとおりにアルプラゾラムを飲み始めはした。
 ロラゼパムを急断薬してから3日後、同じベンゾのアルプラゾラムを服薬し続けるにもかかわらず、精神的と身体的な不調を覚えてきました。毎晩熟睡できたけれど、夕方になると照明の光をあまりにも眩しすぎると感じ、軽い現実喪失感と以前にはなかったすごい強迫性障害に襲われた。医者に連絡したあげく、ただ「我慢してください。一ヶ月経れば自然に治る」という返事しかもらえませんでした。しかしそういう奇妙な症状に戸惑ったわたしは一ヶ月待たずに再度医者のところに面談しに行きました。医者はその座に不快な顔をしながら、わたしに新しい処方ーー最強ベンゾのクロナゼパム(リボトリール)をされました。妙なことに、クロナゼパムをアルプラゾラムの代わりに飲んでから、一切の奇妙な症状は劇的に治まった。
 後で読んだ「アシュトンマニュアル」でわたしは当初アルプラゾラムを飲んだときの奇妙症状が「服薬間離脱」によるものだったとわかったが、(アルプラゾラムの半減期が短いから服薬間でも離脱症状が生じ得る。)そのときは何も知らないまま安易にクロナゼパム1mgを2ヶ月間も飲み続けていた。しかし9月になると不安や不眠症状がよみがえってしまった。医者のところに訪れると、クロナゼパムを1mgから2mgに加薬するように指示されました。
 しかし、今回は、わたしが落とし穴にはまってしまったと気づいた。9月中旬までクロナゼパムを2mgを飲み続けていた結果、怒りの感情、健忘、起きたときのフラフラ感など、明らかに異様な症状がわたしの身に起こった。医者に症状を告げても、ただ「考えすぎ」という無責任な結論を出ただけでした。その医者への不信感が強まったため、転院したが、新しい先生の指示通りに漸減ぜずにクロナゼパムをやめました。それから一ヶ月間、生き地獄を味わった。先生に連絡しても信じてくれませんでした。そして狂ったようにネットでベンゾ関連の情報を検索しまくったおかげで、「アシュトンマニュアル」っていう本を手に入れました。
 減薬の聖書と呼ばれた「アシュトンマニュアル」を読んだわたしはすぐクロナゼパム1.75mgを再服薬した。地獄のような症状が完全に消えたわけではなく、しかし少なくとも我慢できる程度に治まりました。2019年10月末の1.75mgから2020年2月末の1mgまで、4ヶ月で0.75mgをドライカット法を使って減らすことができました。症状がまだ残り、ときに後悔の念に苛まれて心が痛いです。でもこれからも前に進みたいと思います。
 1mgをしばらくステイして、来月(2020年3月)になると再開するつもりです。
 自分の国には「離脱症候群」を知る患者も先生もいないようです。自国語版の「アシュトンマニュアル」はないが、日本語版の「アシュトンマニュアル」との出合いによって助かりました。感謝の気持ちを込めて、ここに今まで自分の辛い経験を書こうと思います。
 つたない日本語ですみません。実はベンゾによる記憶障害でこのぐらいしか書けなくても結構疲れを感じました。
 「離脱症候群」を知らないのは日本だけのことではなく、どの国も一緒です。もしこの薬をやめられるなら、ほかの減薬成功者と同じように別の離脱に苦しんでいる人たちを助けたいと思います。そしてコメントしてくれた方々に感謝します。

2020/02/27 04:47:21
3件のコメント
たま
日本に来て学ぶことなんてないですよ。
衰退途上国ですから。
2020/02/25 10:08:50
もっちゃ
減薬頑張ってください。
2020/02/26 08:24:11
みどり
こんにちわ。
「人生最悪の失敗。」よくわかります。
私もこの薬飲んだこと、悔やんでも悔やみきれないです。

私もアルプラゾラム0,4×2飲んでましたが、服薬間離脱出ますよね
一気断薬、再服薬、減薬でもう2年です。
今はメイラックス0,25飲んでます。毎日きついです。
脳の回復は本当に時間がかかります。
でも回復は感じてます。
1年前より、半年前より少しずつ良くなってます。
とにかく時間薬しかないみたいですね。
気づいてよかったと考えるべきなんでしょうけど、失ったものは
大きいです。
必ず終わりが来るようなので頑張りましょうね。
2020/03/08 20:04:46

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